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    英国の王は「君臨すれども統治せず」という原則があり、直接政治に関わることがないのですが、もともとは強い王権を有していました。ではその王権が弱まり、現代の英国立憲君主制が始まるきっかけになったのは、次の4法典のなかでどれでしょうか?

    ①マグナ・カルタ(大憲章)②権利の請願③権利の宣言④権利の章典

    答……①のマグナ・カルタです。1215年プランタジネッタ朝ジョン王の失政に対して、王権を制限、法による支配の原則を定めるする法律であるマグナ・カルタが制定されました。その後スチュワート朝時代1628年チャールズ1世が30年戦争の戦費をまかなうために議会の承認を得ずに勝手に税金を定めたため、議会は権利の請願を出し、不当な課税や人身を不当に拘束することなどの禁止を請願し、承認させた。しかしそれでも議会と王との対立が深まり、1642年清教徒(ピューリタン)革命が起こり、王は処刑される。その後クロムウェルの独裁時代の後、再びスチュワート朝が復活するが、仏に亡命していたジェームス1世はカトリック教徒としてのカトリックに有利な政治を実施したので、議会との対立が深まり1688年に名誉革命が起こる。その後ジェームス1世の娘夫婦をオランダから英国王として迎えるにあたり、議会が王との間にジェームズ世の失政を列挙した権利の宣言を出し、これを認めることを条件に英王として即位することをきめたため、ウィリアムとメアリー夫妻はこれを承認して即位する。その後、「権利の宣言」は「権利章典」として成文化され、英国における議会の権利が強化され、立憲君主制が確立された.

    英国立憲君主制度を確立する三大法典
     ・マグナ・カルタ(大憲章)
     ・権利の請願
     ・権利の章典

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