かつて教えられてきた日本史の事実と、現在教科書に載っている日本史には若干の違いがあります。歴史的事実を鑑み、変化が起こっているのです。
最も有名なのが鎌倉幕府の成立年です。古い世代の人間は鎌倉幕府の成立を1192年(いい国作ろう鎌倉幕府)と覚えたと思うのですが、最近は鎌倉幕府成立の年として、1192年は採用されなくなっています。源頼朝が東日本の支配権を朝廷に認めてもらった年1183年や、源頼朝が守護・地頭を任命する権利を朝廷に認めさせた年1185年が鎌倉幕府の成立年としている教科書が増えてきているのです。
そのほか教科書の記述が変わった例
・大化の改新……645年に中大兄皇子と中臣鎌足が、当時の最高権力者であった蘇我氏を打倒した軍事的クーデターのことを大化の改新とかつては呼んでいましたが、現在では645年の軍事クーデターは「乙巳の変……いっしのへん」と呼ばれるようになり、この変をきっかけにして始まった政治的な改革が大化の改新であるという解釈になっています。
・聖徳太子……聖徳太子という呼び方は、死後129年後に出された懐風藻に記された尊称であり、本当の名前ではなく、生前呼ばれていた厩戸王、厩戸皇子、豊聡耳皇子と呼ばれるべきだという説が有力になっています。そして更に驚くべきことに、かつてお札の肖像画として採用されていた有名な聖徳太子の肖像画が、実は本人の物ではなかったのではないかと言う説が最近では有力になっています。冠に笏を持った出で立ちは飛鳥時代にはなく、衣服の様式から古くとも奈良時代以降のものだとされています。 そのため別人を描いた絵ではないかという説も生まれ、教科書などでも最近は「伝・聖徳太子」という説明になっています。ちなみに先述した鎌倉幕府の創始者であり、初代征夷大将軍である源頼朝の有名な肖像画(神護寺所蔵)も本人の物ではないという説が最近有力になっているため、「伝源頼朝像」という表現がされるようになっています。

・日本最古の鋳造貨幣……かつて教科書では和同開珎が日本最古の物だとされていましたが、近年では「富本銭」が日本最古の貨幣だとされています。この事実が分かったのは比較的近年で、1999年に飛鳥池遺跡の発掘で、これまでの史実を覆す発見が成されました。下の写真左側が富本銭、右が和同開珎です。(どちらも本物ではなくレプリカです)

・士農工商……かつては江戸時代の身分青銅を表す言葉として使われてきましたが、武士以外の階級に差が無かったという考え方から、近年で士農工商を採用する教科書が少数派になってきています。
・他にも鎖国という表現が正しくないのではないかとか、キリスト教徒を見つけ出す「踏み絵」という名称が正しくない。「踏絵」はキリスト教徒を見つけ出すために使われた絵の名称であり、それを踏む行為は「絵踏」だといった変更点があるようです。