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    中華人民共和国が成立した後、ソ連は中国を後押しして、何とか国連の代表を台湾の中華民国ではなく中華人民共和国に変えようとします。それがうまくいかず、国連をボイコットした時期もあったほどです。しかし、スターリンの後を継いだフルシチョフがソ連の書記長に就任すると、中国とソ連の関係は次第に悪くなってしまいます。その原因は大きく分けて2つあります。①領土問題②イデオロギーの違いです。

    ①領土問題……清の時代からソ連の前身であるロシア帝国と中国の間にはしばしば国境問題で紛争が起こりました。アルグン川を越えて侵入してきたロシアに対し、清が反撃し紛争となりました。その後1689年にネルチンスク条約が結ばれ、1858年愛琿条約が清とロシアの間で結ばれ、アムール川流域やスタノヴォイ山脈(外興安嶺)を基準に国境を画定しました。しかしその後も何度かロシアは中国への侵入を試み、黒竜江(アムール川)を巡り争いが起こります。最終的に1858年愛琿条約が締結され、アムール川左岸を、北京条約では沿海州をロシアが手に入れました。中国はロシアから領土を取られてしまったという意識が強く、積年の恨みが重なったことが原因の一つだと言われています。

    ②イデオロギーの違い……1950年代後半から1960年代にかけて、ソ連のフルシチョフ政権がスターリン批判を行い、「平和共存」を掲げ、西側諸国との緊張緩和を目指したのに対し、中国の毛沢東はこれを「修正主義」と批判しました。毛沢東は、革命を通じた闘争を重視し、ソ連の方針を妥協的と見なしました。このイデオロギーの対立が、両国間の緊張を深める大きな要因となったのです。